『あなたは英国の貴族ね』と、以前スピリチュアルな話が大好きな友人に言われたことがあります。深い意味は全くないとは思いますが、その時はなんだか上品な気分になり嬉しかったことを覚えています。
皆さんは輪廻転生についてどう思いますか?
目次 非表示
輪廻転生とは?
輪廻転生という考え方は仏教から由来します。
現世で悪い行いをしてしまうと、死した後、例え生まれ変わったとしても来世で裁きを受けて生活をしなければいけません。来世でも幸せに包まれた生活をするためには、現世で一生懸命徳を積むべく精進しなければならない、ということです。
日本人は、無宗教や無神論者と海外の方から言われるケースが多いですが、日本古来の風習や、しきたりのほとんどが大自然や生活の中に神様を見出し、その教えや思想は今でも根強く日本人の根底に存在しているのではないでしょうか?
輪廻転生についてもその一つでしょう。輪廻転生とは科学的には証明できないため、はっきりと語るにはとても難しく、思想的な立場ではあります。ただ、悪い行いをしてしまったとき、どこかで『天国にいけないな』や、『私が苦労しているのは、前世で悪いことをしたからだ!』などどこからともなくこのような考えが頭をよぎったりもします。
誰も輪廻転生の存在を証明できませんし、もちろん輪廻転生が存在しないとも証明できないのです。
輪廻転生とは本当に存在するのか?
私の輪廻転生の考え方としては、少し変わっています。
輪廻転生は、同じ魂がどんどんと人生を生まれ変わることを言うのですが、そうであれば、肉体と精神と魂は全くの“別物”ということになってしまいます。死んでしまうことで魂が抜け出し次の人生へと進むのであれば、共に人生を送った身体はただの入れ物であり、死した後はなおさらただの魂が入っていた“抜け殻”になってしまいます。
このお話をすると、魂は何か、精神は何かと議論が深くなりすぎてしまいますので、今回は割愛します。
ただ、現代の科学でも生物を構成する物質や分子が全て理解でき、再現することができても、生命としての命を吹き込むことはとても困難なことです。
ですから私は、身体から簡単に魂だけが抜け出すことはありえないと考えています。身体と魂は全て密接につながっており、一緒なのではないかとも思います。
ただ、これだと前世で引き裂かれてしまった悲劇の恋人たちが、現世で出会うようなロマンチックを真っ向から否定してしまうことになりますよね。それは少し面白くない。
人が死した後、身体は確かに目に見えて肉体としてこの世にとどまり、そして何れは時間をかけてこの世界へと還ります。魂や精神と呼ばれる目に見えない想いも同じくこの世にとどまり還るのではないでしょうか。
輪廻転生の意味とは
この世界の生物たちは皆地球で生まれて、最終的には地球へと還ります。私が死した後、魂だけが抜け出して、新しい自分を歩むのではなく、はじめから私自身が地球の一部であり、また地球へと還っていくようなイメージです。
ざっくりと、全ての人が繋がっており、一緒だ! という極論に到達してしまいました。
現世での強い想いは死した後も、身体が朽ちて還っても還りきらずに残っているのかもしれません。その想いがひとりでに旅をし、生まれ変わるということではありません。感性が敏感な誰かがその“想い”を感じ取ったり、強い思いを抱いていた本人と近い波動の誰かが“想い”受け取ることで“輪廻転生”として引き継いでいくのではないかと、私は考えます。
肉体が土へ還り、植物の養分となり、大地そのものとなり。。。と目に見えながら誰かの/世界の一部として生き続けることと共に、決して目に見えない精神や想いも誰かの想いや波動と密接に繋がり還って生き続けるのではないでしょうか。
仏教由来の輪廻転生とは少し違いますが、形を変えて、私は輪廻転生を信じています。仏教由来のように一つの魂が新しい肉体を手に入れて永遠と生き続けるというわけではありませんが、同じように誰しもが永遠と生き続けるということには異論はありません。
私の考える輪廻転生は、身体も精神も同じく地球へと還ります。身体は新たな生命の栄養となり、血となり、肉となって生き続けます。
様々な想いも同じく新たな生命に受け取られることでこの世界を生き続けます。この流れは永遠にこれまで続いてきて、これからも変わることなく続くでしょう。
どれだけ科学が進歩し、寿命が延びたとしても、必ず最期が来ます。ただ、今歩んでいる人生そのものは、寿命として終わりを迎えますが、世界が決して無くなることがないのと同様に、形を変えて生き続けることになるのです。