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五力を軸に、自分磨きを見直す3つの方法

自分磨き

『大辞林』によれば、『五力(ごりき)とは、仏教で悟りを開く方法である三十七道品(どうほん)の一部分で悪を破る五つの力。信力(心を清らかにする力)・精進力(善に励む力)・念力(記憶する力)・定(じょう)力(禅定する力)・慧(え)力(真理を理解する力)の五つ。』と解説されています。

仏教では、与えられている資質を表す『五根』と五根を磨き高める能力としての『五力』を『五根・五力』といっています。『五根』は信根・精進根・念根・定根・慧根の五つの資質からなるとされ、五力と対応しています。

信:信念・ 精進:反復・ 念:思念・ 定:禅定・ 慧:智慧これだけでは、一般的には何を意味するのか理解しにくいでしょう。

簡単に言うと、悟りを開く修行の手順といったイメ-ジとらえてもいいと考えられます。とはいえ、市井で生活する私たちにとっては、当然修行僧のように修行に明け暮れることはできません。しかし、これを日常生活に取り入れ、自分磨きのために生かすことはできます。

そこで、社会生活を営みながら一般人として五力を身につける方法について考えてみたいと思います。




悟りとは

一言で『悟り』というのは簡単ですが、悟りの境地に到達することは並大抵のことではありません。

私たちの大半は、一生涯かけても中々悟りの境地に至ることはできないかも知れません。仏教の教えには、奥深いものがありますが、人間の苦悩の根源は煩悩(ぼんのう)、つまり我欲への執着にある、ということにあります。

一言でいえば、『悟り』とは煩悩を断ち、苦悩から脱却した境地に達すること、ということになります。確かに、人間の真理を突いています。

ビジネスや家庭生活において、我欲への執着が自分自身を苦しめていることは、ほぼ日常的に経験しています。大きくは、戦争に始まり、日々の夫婦喧嘩に至るまで、大なり小なりトラブルや争いごとの原因は、殆ど我欲の執着から起こっています。

しかも、たちの悪いことに、争い事の原因は、相手や社会にあると考え自分にはない、と考えていることにあります。第三者として立場を変えると客観的に判断できることが、我がことになると自己中心的に考えてしまう…これが、我欲の正体です。

更に、我欲が自分を苦しめているにもかかわらず、そのことに中々気づかない、というのが凡人の愚かさといえるのかも知れません。人間から、我欲を断ち切ることができれば、自由で平和な社会が訪れるはずですが、それが容易(たやす)くできないところに、人間の業(ごう)があるのです。

高僧のように『悟りの境地』にまで達することはできないまでも、日々の心掛けと実践によって、我欲を少しでも取り払うことが自分を磨くことになります。我欲とは、汚れた洗濯物であり、それをクリ-ニングするのが修行、と言い換えることができるのではないでしょうか。

想いの反復と実践によって智慧(ちえ)が湧く

五力では、生まれながらにして与えられている資質(五根)…眼・耳・鼻・舌・意を磨き上げ、究極的に煩悩を断ちきる方法を教えています。

仏教では、『正』という言葉が頻繁に出てきますが、『正〇〇』という意味は物事を主観ではなく客観的に見たり、判断することを意味します。つまり、我欲を断ち切ったところに正しい見方、判断がある、ということの教えです。

与えられた資質は、磨くことを怠っていると我欲丸出しの人格が形成されてしまうかも知れません。五力とは、その資質を正しく活かす自分磨きの方法と言い換えることができます。そのためには、信念やビジョンを持ち、繰り返し反復し実践することによって智慧が湧くということを教えています。

『思うだけなら誰でもできる。』といいますが、『知識を得るだけなら誰でもできる。』とも言えます。想いや知識は、実践することによって様々な体験をします。実践なくしては、何も実現しない、何の役にも立たない、といってもいいでしょう。

実践する過程では、様々な苦労や葛藤が生まれます。それを克服する様々な思念は自分との闘い、修業となり試行錯誤や試練を繰り返しながら、身につくものなのです。

その習慣化によって、智慧が湧いてきます。智慧は、想いと実践の積み重ねによって湧いてくるものです。智慧は、大局的な視野で判断する能力であり、我欲に執着していては的確な判断や、物事を適性に裁いたり、周囲からの認知を得ることができません。

智慧者はトラブルや様々な問題を正しく収束させるためには、時として自分が汚名を着たり、融通を利かせ一時的に虚偽の行動をとることもありますが、正しい結果に導くための手段です。それは、我欲を超越したところに発揮される優れた能力といえます。

想いと実践を反復し続ける経験の積み重ねが、自分を磨きあげていく日々の修行といえるでしょう。

瞑想の効用…人生は、我欲を断ち切るための修行の場

仏教では、修業としての瞑想を『禅定』といいます。後世、潜在意識の開発分野は科学的にも研究が進み、今日ではスポ-ツやビジネスでも取り入れられる時代になってきました。

瞑想は、日常的に取り入れている人といない人では、大きな違いが出てきます。方法は様々ですが、潜在能力は僅か5%しか活用されていないといわれています。

オホ-ツク海を漂流する氷山は、目に見える部分はホンの一部であり大部分は海面下に潜んでいます。潜在意識は、氷山によくたとえられますが、お釈迦様は2500年前に潜在意識の開発法として瞑想の教えを説いていました。五力の念力、禅定は瞑想による修行の教えです。

人間に与えられた能力に大差はありませんが、能力に差を作るのは潜在意識の開発によるものといわれます。今日では、開発方法も進歩し、本やCDなどを活用すれば手軽に瞑想ができるようになりました。そう多くの時間はいりません。就寝前や寝起きの15分程度でも十分です。

ただし、ポイントは、『継続』です。気まぐれにやっただけでは、中々潜在能力の開発効果は現れませんが、習慣化することによって人生観を変えてしまうほど生き方が変わってくることも可能です。様々な方法がありますので、自分に合ったもので実践することをお勧めします。

基本は、『呼吸』にあり、意識は『丹田』に置くことは共通です。プラス思考が身につき、何よりも我欲が次第に断ち切られていくという効用があります。

2500年もの昔から今に脈々と受け継がれている、お釈迦様の教えを実践して、自分磨きに日々精進しましょう。

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